かわらばん

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     ちいたび
かわらばん入居版63号 2009年7月

石川の東海道 道中記 第10回
   ― 平成21年5月16日(土)石薬師宿~鈴鹿峠宿 ―
 名古屋駅6:33 発、関西本線亀山行きに乗車し7:35 加佐登駅着。15 分ほど歩くと庄野宿に入る。当時の面影を残す建物が数軒あり、江戸時代の油屋が庄野宿資料館となっているが、ひっそりした佇まいの宿場である。町の外れには女人堤防の碑があり、文政の頃鈴鹿川がたびたび氾濫し、藩にその修築を申し出たが許されなかった。女性たちは禁を犯し打ち首を覚悟で補強をした結果、女性たちは一旦刑場に送られたが赦免の早馬で救われたそうだ。災害との闘いは今でも各地で続いているが、女性が主体となった記念碑は珍しかった。天気予報の通り早速雨が降り始める。一山越えれば鈴鹿サーキットなのでエンジン音が遠くに聞こえる。
 次はローソクで有名な46番目の亀山宿で、城下町らしく道がくねくね曲がり、家々には当時の屋号札が掛けられている。本陣跡等を見学した後は亀山城の多門櫓へ向かう。三重県では唯一現存する城郭建造物で県の史跡であり、その昔は蝶が舞う姿にたとえられ、粉蝶城( こちょうじょう) ともよばれたそうだ。
 西に進むこと1時間程で、「鈴鹿の関( すずかのせき)」の名に由来する関宿に入る。東海道の宿場のほとんどが旧態を留めない中にあって、歴史的な200 軒以上の町並みが1.8km残り、国の重要伝統的建造物群保存地区に指定され、郵便ポストも「書状集箱」となっていた。
 当時の旅籠玉屋が歴史資料館として開設され、2階へ上がると、お膳や寝具が座敷に並べてあり、旅籠の雰囲気をうかがい知る事ができる。観光客は他の宿場にはみられないほど多いが、雨は土砂降りで、土産物屋・喫茶店等に避けていて町並みには人はほとんど歩いていない。
 残念ながら名勝で知られる筆捨山も鈴鹿峠も見えず、上り坂を沓掛・坂下民芸館・坂下宿と2 時間半歩き続け、鈴鹿峠下の今日の宿泊場所「バーベキュー鈴鹿峠」に15:40 到着、歩行距離は25km でした。
 当日の宿泊客は我々だけで、岩魚や猪鍋をいただき、ずぶ濡れの一日だったことも忘れ、ご機嫌な夜でした。

つづく